真面目なのに生きるのが辛い人

真面目なのに生きるのが辛い人

この本では生きることが辛い人の無意識に何があるかを考えた。

真面目で立派な人なのだけれどもいつも眉間に皺を寄せている様な人が居る。
隠された敵意が土台になっている人である。
隠された敵意はさらに深刻化して表現されないままに「慢性化した敵意」になる。
その「慢性化した敵意」が心の中の独裁者になると、生きることを楽しむことは殆ど不可能になる。
真面目なのに生きることが辛い人には表現されないままに「慢性化した敵意」がある。
その表現されないままの「慢性化した敵意」は辿っていけば、
基本的欲求不満とか基本的不安感と言われるものにたどり着く。
この本ではその心理過程を考えた。
その「慢性化した敵意」は様々に変装して日常生活に表れてくる。
あまりにも他様に変装し、かつあまりにも変装が上手いので、
多くの人はそれが「慢性化した敵意」とは気がつかない。

この本では「苦しい」と訴える人は必ずしも「苦しい」ということを言っているのではない
ということを理解して欲しかった。
「私はこんなに惨めだ、こんなに苦しい」と訴えるのは、「だから私をもっと愛してくれ」
「だから私にもっと関心を持ってくれ」「だから私のことをもっと世話してくれ」
「だから私の努力をもっと認めてくれ」と言っているのである。[11/06/03]
---------------------------------------------------------------------------

真面目に生きているのに、どうしていつもイライラしているのか。
エリートでお金もあるのに、なぜ人間関係がうまくいかないのか。

「生きること」が楽しいか、辛いか。人間にとって根源的な問いである。
生きるのが辛い人は、無意識に問題があるという。
心の底に堆積した憎しみの感情があるから、何をしても楽しくない。
真面目に生きる以外に生きる方法がなくなる。
辛いことがあって真面目に逃げた結果、真面目依存症になる。
そのため真面目に生きているのに辛い。
自己蔑視、自己憎悪、そして生への恐怖と苦しみに悩まされる。
「苦しい」と叫ぶ人はどのような深層心理を抱えているのか。
ありのままの自分を認めることの大切さを考える。

「苦しい」と叫ぶ人は、
「私にもっと関心をもってくれ」と心で悲鳴を上げている。

苦しみには、二種類あると著者はいう。
病気や失業などの「現実の苦しみ」と、
うつ病や神経症などの「心理的苦しみ」である。
本書は、後者の苦しみを扱っているが、とくに自己蔑視や自己憎悪など、無意識の領域にある敵意や憎しみについて考察している。

外界への興味と関心と愛情などで人間は成長していく。
ところが、自分の無意識を意識化できない人はいつまでも先に進めない。

「表現されないままに慢性化した敵意」を意識すること、
ありのままの自分を認めること、
すごいことをしている自分を誉めること。

ほんの少しの気づきで、苦しみから解放されるかもしれない。
人生に疲れた人、生きるのが辛い人に読んでもらいたい一冊。

前のページ 次のページ