自分の心に気づく言葉

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偉大な精神医学者カレン・ホルナイの著作に次のような女性が載っている。彼女は幸せになれるものを全て持っている。安全も、家も、献身的な夫も、しかし彼女は内的な理由で何ものも楽しめない。「註、Karen Horney, The Unknown Karen Horney, Edited by Bernard J. Paris, Yale University Press, 2000, p.127」彼女は知的で、魅力的だが、彼女は愛することが出来ない。彼女の人生は空虚で、無意味である。私たちは、彼女の退屈感の下に深い絶望感があるのを感じるとカレン・ホルナイは言う。私達は彼女の心の中に剥奪感、絶望感が行き渡っていることを認識することが重要である。「註、Karen Horney, The Unknown Karen Horney, Edited by Bernard J. Paris, Yale University Press, 2000, p.127」彼女は人生が提供する全てのものから排斥されている。「彼女は幸せになれるものを全て持っている。」のに、なぜ絶望しているのか?それは彼女が、無意識の領域に人生に対する怒りを持っているからである。「註、意識から隠された怒りである。彼女がもし自分の心の底に怒りがあることに気がつけば、幸せの扉は開く。ありのままの自分が愛されなかった怒りか、情緒的に虐待されたことの怒りか、どこからくる怒りかはその人の運名によって違う。」外側の環境に問題があるから不幸なのか、自分の心に問題があるから不幸なのかを間違える人は多い。そして不幸なのは心に問題があるからなのに、自分の心に気がつくことをしないで、不幸の原因が外側の環境に問題があるからだと信じる人が居る。幸せになれるのに、自分の心に気がつかないで生涯幸せになれない人は多い。

自分の心の底にある怒りに気がつかない限り、彼女は外側の環境がどうなっても不幸な生涯を送る。心の底に怒りや憎しみがあれば人間関係は最終的には上手く行かない。ことに身近な人との人間関係は上手く行かない。深刻な劣等感のある人は、心の底に怒りをもっている。それは意識から隠された怒りである。隠された憎しみである。深刻な劣等感のある人は、たいてい自分の心の中の怒りと憎しみに気がついていないし、気がついてもそれを認めない。身近な人との人間関係が上手く行かないのは、自分が無意識に怒りと憎しみをもっているからだとは認めない。それを認めることは何よりも苦しいからである。しかし「トラブルは人格を成熟させるための、運命の強壮剤なのです。」「註、David Seabury, How to Worry Successfully, Blue Ribbon Books: New York, 1936, 加藤諦三訳、心の悩みがとれる、三笠書房、1983年2月10日。213頁」。「トラブルとは成長の物差しであり、他の何よりも、人生に意味を与えてくれるものです。」「註、前掲書、217頁」自分の心に気がつき、人間関係のトラブルを解決することが成長していくことであり、人生の意味を感じるようになれることである。トラブルの最中は地獄である。しかし抜けだしたときには、「そういうことだったのか」と納得する。成長する。逆に自分の心の問題に気がつくことを拒否し、トラブルから逃げれば、トラブルは破滅への道になる。自分の本当の心に気がつかない「ふり」を自分にしてトラブルを逃げればその時は楽になる。しかし長い目で見れば辛い人生を自分が選んでいる。逆に自分の心に気づいて、トラブルと向き合えばその時は苦しい。トラブルと向き合うとは?それは「今、なぜこんなトラブルが起きたのだろうか?」と考え、「このトラブルは自分に何を教えているのか?」を考えることである。それがトラブルと向き合ってトラブルを解決していくことである。それは辛いことであり、骨の折れることであり、消耗することである。時には「もう生きるのは嫌だ」とさえ思う。しかし「このトラブルは、自分の心の未解決な問題が、この様な形で表現されたものでしかないのだ」、そう思えればトラブルは解決に向かう。そうして小さな日々のトラブルと向き合って解決していけば、疲れ果てるけど、人はそこに生きている意味を感じてくる様になる。ネットに人の悪口を書き続けていれば、いつになっても成長しない。いつになっても虚無感から抜け出すことはない。生きている意味はいきなり感じられる様になるものではない。自分の心に気づく日々の小さな努力の積み重ねの上で、人生の意味を感じられるようになる。

あるいは小さい頃に周囲の人から受けた様々な破壊的メッセージに気がつくことも、幸せへの確かな扉を開ける。過去としっかりと決別できるからである。

いつも悩んでいる人が居る。そういう人は悩むことで怒りを表している。いつも悩んでいる人は、悩むことで何を表そうとしているのか。その隠れたるメッセージは「私はあなた達が嫌いです」ということである。いつも悩んでいる人は、相手に向かってそれを直接言えないから「悩む」ことで、その「嫌い」を間接的に表現している。自分の本当の心に気がつき、それを認めることでその人の視野は広がる。「今まで生きるのが辛かったのは、自分の心に問題があったからだ」と認めることで、幸せへの扉は開く。「こうした内面的要因の発見が、より新しい洞察力を持った魂をつくる」「註、David Seabury, How to Worry Successfully, Blue Ribbon Books: New York, 1936, 加藤諦三訳、心の悩みがとれる、三笠書房、1983年2月10日。94頁」。内面的要因の発見が、その後の人生の「心の砦」となる。肉体的なことで説明すれば分かりやすい。インフルエンザにかかって高熱で苦しんでいるとする。体が39度の熱。何をしても苦しい。苦しみの原因は、会社の上司でもなければ、自分を捨てた恋人でもなければ、自分を裏切った友人でもなければ、給料の安さでもない。今の苦しみの原因はインフルエンザである。心の病も同じことである。心が病んでいれば外側がどうなっても生きるのは辛い。

人間が生き延びるための唯一の方法が成長である。だから「成長しなければ、地獄が待っている」と覚悟を決めて、頑張って今を乗り越えていく。そこで伸びる。だから良い人間関係ができる。だから最後には幸せになれる。

自分は凄まじい環境で生まれた。だから基本的欲求が満たされていない。皆に認められたくて「良い人」を演じている。その時に「私は欲求不満だから頑張っている、私の頑張りの動機は憎しみである」と認められるか。それを認められれば、良い人間関係が出来てくる。名声を求めている人が、「私は愛を求めているのだ」と認められるか?それを認められるから、努力が報われてくる。名声を得れば人がチヤホヤしてくれると間違って思い込む人が居る。愛されるためには名声が必要であると間違って思い込んでいる人が居る。単にチヤホヤされたいのに、立派な理屈をつけて頑張っていれば、心のふれあう人間関係は出来ない。しかし自分が頑張っているのは、チヤホヤされたいという自分の心の幼稚さにすぎないと気がつけば、心のふれあう人間関係は出来る。

自分の心に気がつくことの一つ一つがが、竹で言えば、節目である。それを機会に先に伸びていく。自分の心に気がつくことのリスクを怖れると小さな世界に閉じこもらざるを得ない。

「自分の心の葛藤に直面し、解決を求め様とすればするほど、内面の自由と力を獲得する。」「註、 Karen Horney, Our Inner Conflict, W.W.NORTON & COMPANY, 1945, p.27」。いいかえれば、自分の心に気づき成長しようとすればするほど「内面の自由と力を獲得する。」と言う事である。つまり自分の心の葛藤に直面し、解決を求め様とすればするほど、「心の砦」が強くなる。「心の砦」が強くなるから救われる。「心の砦」がないままで、何度宝くじに当たっても生きるのは辛い。あることが自分にとって耐えがたいから、その事を無意識に追放した。それが不幸の始まりである。フロイドは、「まったく自分に正直になることは、人間のなし得るまさに最善の労作である。」「註、Abraham H. Maslow, Toward A Psychology Of Being、D.Van Nastrnd Co. Inc. , 1962, p.71, 完全なる人間、上田吉一訳、誠信書房、昭和39年、6月10日、91頁」と言う。正直は最善の生き方と言うが、それは「苦しいけど最善の生き方」と言う意味である。自分に正直になるとは、自分の本当の心に気がつくということである。心理的に楽な生き方で最善の生き方などと言う人生はない。

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