おなかと足

お腹と足が、どっちが偉いかと、争った。足は自分がお腹を運んでいのだから自分の方が偉いと言う。それに対してお腹は自分が食べなければ、足は歩くことが出来ないから自分の方が偉いと言い張る。

会社でも大学でも、自分がこんなに活躍していると言うことだけを主張する人が居る。自分の原点が分かっていない。自分の原点が分かっていれば、そういう馬鹿なことを言うものではない。皆が地道に働いて居るから、自分が活躍する舞台が出来ているという事に気がついている。
 
出版社でも営業があるから、編集があり、編集があるから営業がある。自分の原点が分かっていれば、「俺は編集だ」等と威張らない。営業は「編集は売れる本を作らない」等とこぼさない。

会社がつぶれるときには、その両方が関連づけられない人で溢れているときである。大学で自分が教授として活動できるのは、大学で働く職員がいるからだと気付かない教授で、最後が幸せであった教授を私は知らない。
 
もし足がお腹に感謝したら、体は幸福である。そしてその幸福が自分に戻ってくる。しかし意地悪をすれば体は不幸である。それが自分に戻ってくる。

一般的に「能力のある人」とか「能力のない人」というが、
そんな言い方はおかしい。
お掃除のおばさんが部屋をきれいに掃除した。
簡単に見えたので
エリート・ビジネスマンが自分で部屋を掃除して、
ガラスを割ってしまった。
部屋の掃除で有能なのはどちら?
そのエリート・ビジネスマンは、 
陽の目を見ないものは価値がないと思っていた。
自分がスポットライトに当たることばかりを考えていたから。

人生に自分の目的をもつことが、能力があるということ。
 
医者になりたい、映画スターになりたい、大工さんになりたい、コックさんになりたい。